2009年07月03日

実力を以て社会の治安を維持する行政作用

警察(けいさつ、仏:police、語源はpolitia:ラテン語で「国家」)とは、実力を以て社会の治安を維持する行政作用及びその主体をいう。社会の安全や治安を維持するべく、その社会的な責任を課された行政機関である。警察を意味する「police」という語はフランス語に由来しており、ギリシア語のpoliteiaとは直接の関係は薄い。政府や行政の面でいう警察(police)という語は18世紀にフランスで新たに生み出されたものである。また警察(police)という語は、初期の警察官として象徴的存在だったconstable(中世ヨーロッパにおいて領主の馬の管理を代行した者の名・ラテン語が元)にちなんで、保安隊(constabulary)としても知られている。
西洋の法律体系内において、警察の主な役割は、人または財産に対する犯罪の防止と、社会の公序良俗の維持に主眼点を置いて犯罪の取り締まりや捜査を行うこと、そして被疑者の逮捕が可能であるならばその者を拘留し関係当局に情報を通知することにある。
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警察はしばしば緊急事態や災害などの非常時に動員され、治安維持や捜索・救助を行う。事態に迅速に対応するため、装備の充実や訓練の他、消防・救急医療機関や他の行政機関などと調整を行っている。世界の多くの国では、緊急時の連絡用に、警察・消防・医療機関などへつながる共通の電話番号が設置されている(例:「000」「110」(日本)、「111」「911」(アメリカ)「999」)。

また警察は、結果的に罰金を科すといった内容の召喚状を発行することで、軽犯罪を取り締まる責務を負っている(道路交通法違反が典型的)。時に警察は、法的な違反が生じていない場合でさえ、社会秩序の維持のため、業務を行うことがある。例えば、あるオーストラリアの管轄区では、酔って公共の場で迷惑行為を働く者を、アルコールの影響から回復するまで「drying-out centre(泥酔者保護施設 日本の「保護所」―所謂“トラ箱”に相当)」で保護する業務を行っている。また、大規模な集会やデモなどに公安機能を提供するのも警察の役割である。

2009年06月14日

甲類と乙類を混和したものである

甲類と乙類を混和したものである。甲類と乙類のどちらが多いかで呼び名が異なる。乙類を50%以上95%未満混和したものを「乙甲混和焼酎」、乙類を5%以上50%未満混和したものを「甲乙混和焼酎」と呼ぶ[1]。

以前は本格焼酎と紛らわしい表示がされたり、混和率などの情報が表示されなかった商品もあったが、業界内で混和焼酎の表示に関する自主基準を設けて、2005年(平成17年)1月1日から実施している

乙類100%では匂いが強いなどの理由で飲みにくいと敬遠されることがあるため、これらを和らげるために用いられる。飲みやすさへの志向が強い。

近年は日本各地で様々な原料を利用した焼酎が造られている[26][27]。通常と変わった材料を用いたとする焼酎の多くは、地域おこしなどを目的として人目を引く物珍しさが前面に出される傾向が強く、焼酎全体のカテゴリーの中では傍流に留まっている[要出典]。

一般的な主原料(糖蜜、麦などの穀類)以外を主原料に用いた甲類焼酎。
乙類焼酎で米こうじか麦こうじを発酵に利用し、主原料のみ独自の原料を用いたもの[26]。そば焼酎はこの中でも抜きん出て成功した例と言える[26]。
一般的な既存の甲類・乙類焼酎または混和焼酎に、独自原料の果汁・エキス類を混和した、リキュールの一種とも言うべきもの(柑橘焼酎、シソ焼酎、昆布焼酎、トマト焼酎など)[26]。

乙類の種類 [編集]
焼酎乙類は一次発酵・二次発酵を経てつくられたもろみを蒸留して製造されるものが主流をしめており、粕取り焼酎は1000klに満たない[28] 。以下のような種類がある。
日本映画
バレエ
結晶学
ビリヤード
栄養ドリンク
キンボール
少子化
動物園
アレルギー
関東
為替レート
おつまみ
歌舞伎
運送
自動車工学
鳥インフルエンザ
サーフィン
薬膳
カバディ
高齢出産

米焼酎 [編集]
日本酒同様、米を原料とする。戦国時代から作られていた記録[要出典]があり、日本酒を造るには温暖過ぎる地域で発達[要出典]したものと見られる。味はやや濃厚。

主要生産地は熊本県南部の人吉盆地(人吉・球磨地方)で、28の蔵元がひしめく。人吉盆地で生産される米焼酎は特に「球磨焼酎」とよばれ、世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けている。また、2006年には地域団体商標として登録されている。香りや味わいは日本酒に近くフルーティで、減圧蒸留の普及もあって初心者にも受け入れやすい焼酎である[29]。

この他、日本酒の名産地(秋田県、新潟県等)でも米焼酎が生産されている。

麦焼酎 [編集]
元々は、二毛作によって作られる麦を原料[要出典]とした物と考えられる。一般に米焼酎より癖が少なく、飲みやすいと言われる[要出典]。

もともと長崎県壱岐で生産され始めたのが最初である。「壱岐焼酎」は世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けている。壱岐焼酎は米麹に麦を掛け合わせている[29]。

麦焼酎は1960年代まで焼酎の中ではメジャーな存在ではなかったが、東京農業大学の柳田藤治によってイオン交換濾過法を麦焼酎へ応用する手法が開発され、宮崎県の柳田酒造によって実際の使用方法が確立すると多くの麦焼酎メーカーがイオン交換濾過法を導入することとなった[30]。

その後、1960年代後半から大分県で生産されている麦麹に麦を掛け合わせる麦焼酎が日本各地で注目を浴び、現在では大分県も麦焼酎の一大産地となっている。なお、「大分麦焼酎」は地域団体商標として登録されている[31]。

芋焼酎 [編集]
江戸時代から南九州で広く栽培されているサツマイモを原料とした焼酎。鹿児島県や宮崎県南部で広く飲まれている。味はかなり濃厚で、しばしば独特の臭みがあるため、地元以外では好き嫌いが分かれるが、近年は匂いを抑えたものも作られている。使用される麹はほとんどが米麹。サツマイモ100%焼酎は製造されたことがなかったが、1997年に国分酒造協業組合が日本で初めてとなるサツマイモ100%焼酎を発売したことで、芋麹も一般化、現在では多くのメーカーがサツマイモ100%焼酎を発売している[29]。

主産地は鹿児島県と宮崎県南部[32]。他の産地として、薩摩出身の流人である丹宗右衛門が製法を持ち込んだ八丈島[33]などが挙げられる。鹿児島で生産される「薩摩焼酎」は、世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けている。

黒糖焼酎 [編集]
奄美諸島では江戸時代から第二次世界大戦以前まで、泡盛や黒糖酒(黒砂糖原料の蒸留酒)が製造されていた。だが、戦間期から戦後のアメリカ占領時代にかけ、米不足で泡盛の原料に事欠く一方、黒砂糖は日本本土に移出できず余剰だったことから黒糖酒が多く作られるようになった。

1953年、奄美諸島の日本返還に伴い日本の税法を適用するにあたり、黒糖酒は酒税法上「焼酎」として扱われず税率が高いことから、「焼酎」扱いを望む島民の要望もあり、取り扱いに関して議論がなされた。当時の大蔵省は奄美諸島の振興策の一環として、米こうじ使用を条件に、熊本国税局大島税務署の管轄区域(奄美諸島)に限って黒糖原料の焼酎製造を特認した[29]。

以後、黒糖焼酎は奄美諸島でしか製造できない特産品となって現在に至っている。口当たりは比較的柔らかく、癖が少ない。原料から想像されるほどに甘味は強くない。

現在、奄美諸島では泡盛は製造されておらず、黒糖酒は奄美諸島全域で製造されている。

小笠原諸島において、日本領土になった明治時代初期からサトウキビ栽培によって製糖業が盛んとなり、その過程で生じた副産物を発酵・蒸留した製法で、焼酎に類似する「糖酎」「泡酒」「蜜酒」と呼ばれた酒が戦前に醸造されていた[34][35]。戦時中の島民疎開により途絶えていたが、1989年(平成元年)になって村おこしの一環として小笠原村の役場・農協・商工会によってこれを扱う企業が設立され、その製法を模したラム酒が製造されている[34][35]。過去に「糖酎」の表記で発売された事があったが税務署より指導が入り、その際の見解によって特認が得られず[要出典]、税法上はラム酒(スピリッツ、もしくはリキュール類)の扱いとなっている。

最近では、焼酎や泡盛のルーツと言われるタイでもきび南蛮を始めとする黒糖焼酎が発売され話題となっている。

2009年05月29日

北斗の拳

北斗の拳』(ほくとのけん)は、原作・武論尊、作画・原哲夫による少年漫画作品。およびそれを原作・題材としたテレビアニメ(1984年)・ゲームなどを指す。
核戦争によって文明と人々の秩序が失われ、水と食料といった残された資源をめぐって争いが繰り返されるという最終戦争後の199X年の地球が舞台。暴力が支配する弱肉強食の世界に現れた、伝説の暗殺拳"北斗神拳"の伝承者・ケンシロウの生き様を描くハードボイルドアクションである。
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『週刊少年ジャンプ』(集英社)1983年41号から1988年35号に連載。1980年代の『週刊少年ジャンプ』を代表する作品の一つであり、漫画家・原哲夫と漫画原作者・武論尊の世界で一億部を売り上げた最大のヒット作にして代表作である。単行本は1984年から1989年にかけてジャンプ・コミックス全27巻が発売されたほか、愛蔵版、文庫版(それぞれ全15巻)が刊行されている。2004年には徳間書店からコンビニコミック形式で全12巻が出版されたほか、2006年には小学館より完全版全14巻が刊行された。現在本作品の「前史」を扱う作品『蒼天の拳』に関わっているコアミックスからは、2002年よりフルカラー化したマスターエディションが発売されたが、刊行は4巻までで頓挫。同社からは、付録としてフィギュアをつけた編集版全24巻も発売されている。

2009年04月25日

委任統治

委任統治(いにんとうち、mandate)とは、国際連盟規約第22条に基づき国際連盟によって委任された国が国際連盟理事会の監督下において一定の非独立地域を統治する制度である。委任統治の対象地域は、第一次世界大戦の敗戦国ドイツ帝国のアフリカ及び太平洋の植民地と、敗戦国オスマン帝国の支配下にあった中東地域である。

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形式的には戦勝国がこれらの地域を自国の植民地として搾取することを防止すると共に、住民の福祉を推進し、将来の自治・独立に向けたサポートをすることが目的であると謳われた。しかし実態としては従来の植民地と何ら変わらず、単なる名称の変更に過ぎなかった。

この制度は、第二次世界大戦後に廃止され、国際連合下の信託統治制度へと発展・継承された。
第一次世界大戦が勃発すると、アメリカ合衆国が参戦する以前に、イギリス、フランス、日本などは、ドイツの植民地やオスマン帝国の属州を占領し、お互いに秘密協定によって戦後の分配について取り決めていた。しかし、戦後処理が始まると、秘密協定に基づく植民地の分配に対し、アメリカ合衆国のウィルソン大統領が異を唱えた。彼は既に大戦中から提唱していた「民族自決原則」を主張し、また、戦争後に敗戦国の植民地を戦勝国で再分配するという慣行が続く限り、植民地の争奪戦がいつまで経っても繰り返される危険性を強くアピールした。その背景には、アメリカ以外の戦勝国が支配領域を拡大することを容認するのは、アメリカにとって不利益であり、また、自らの支持率を下げる要因となりうるということもあった。お互いに譲らず、両者の交渉は難航した。その中で、イギリスの代表として会議に出席していた、南アフリカ連邦のヤン・スマッツ将軍は、妥協案として委任統治制度を提案した。スマッツ将軍の案では、その対象地域はドイツの植民地と、ロシア革命によって倒れたロシア帝国の支配下にあった東欧地域であったが、ウィルソン大統領は、これをドイツの植民地とオスマン帝国の支配下にあった中東地域に修正することで賛成した。日本やイギリスなども、この制度が運用次第で従来の植民地統治と実質的には同じとなると判断し、賛成した。

委任統治制度は、ヴェルサイユ条約の第1編である国際連盟規約に規定され、同条約の発効した1920年1月20日に国際連盟の発足と同時にスタートした。

2009年04月08日

ハードロック

ハードロック(Hard Rock)は、ロックの一形態。ブルーズを基調とする激しいロックを指す。歪んだ音のエレクトリック・ギターを強調したサウンド形態が特徴。起源は曖昧であるが、1960年代後期にはほぼ確立したジャンルと言える。「ディープ・パープル」や「AC/DC」などが典型的なスタイルとされる。なお、「ヘヴィメタル」との境界については、明確な定義がなく曖昧である。

ハードロックの定義は人によって微妙に異なるが、概ね以下の特徴などが挙げられる。

大音量での演奏
主にギター音をディストーション等で歪ませた荒々しい(または猛々しい)サウンド
裏拍にアクセントを置き、かつそれを執拗に強調する直線的なタテノリ
低音を強調したサウンド作り
これらの事(3だけが音楽形式)から明らかのように、音楽形式としての分類と言うよりは「サウンド形式」での分類であると考えた方が良い。

ベース&ドラムが、時にギター、キーボードも同じ符割(フレーズも同一の場合も多い)を演奏するスタイル(ユニゾンと云う)を好んで採用する点を取り上げれば、演奏形式での特徴も存在すると言えるが、これは前記サウンド特徴を作り出す為の必然(従の位置付け)であると考えるのが妥当であろう。

上述のようなサウンド特徴を演出するに主役の座に着きやすいのはエレクトリック・ギターである。その為エレクトリック・ギター中心のバンド構成になりがちな傾向がある。

歴史 [編集]
ハードロックに限らずロック全て、だけに留まらずポピュラー音楽の発展はブルースとの関連抜きには語れない。ブルースは広く知られている通り、そもそもは奴隷状態下に置かれたアメリカの黒人の労働歌、鎮魂歌、子守唄、習俗を唄ったもの等に起源しており、これ故「簡素でわかりやすい形式」(I→IV →Vを基本形とする単純なドミナント進行)であり、またその境遇故に唄われる内容は少なからずプロテストな色彩であった。ジャズもブルース起源であるが、こちらはブルースのもう一つの顔である「辛辣、痛烈な批判を物語り調にしたり、暗喩にして、ユーモアのオブラートで包みソフィスティケイトする」手法(奴隷であった彼らは白人への不満を直接的に口に出来なかったからである)の流れの方を強く汲んでおり、その後の発展に伴って随分と違う毛色になっている。またアメリカに於いては先にジャズが発展した影響からか、黒人のお膝元であったからか、ロックというストレートなものにはならずに、ロックンロール、ロカビリーという黒人音楽っぽさを色濃く残すかたちで発展した。1950年代はフィフティーズ文化でも想像が付く通り、文化的にはアメリカが世界各国の若者の心を鷲掴みにしていた時代である。

より直接的な感情の発露の道具としてブルースの方が最適であった事から、ブルースを基調とする質実剛健でソリッドな音楽をやり出す者が次々表われ、イギリスではちょっとした「ブルース・ブーム」になった。これがハードロックを含むロックの原点である。ブルースから発展したロックンロール 、ロカビリーが既に存在していたアメリカ社会にとればブルースは「もう既によく知っている」「古い」音楽であり、しかも(この当時は今より曝ら様に黒人差別があったので)黒人音楽であるが故の偏見も手伝って原点であるブルース回帰する流れは一部のミュージシャンなどアンダーグラウンド的なものに留まった。

ロックはブルースから「簡素でわかりやすい形式」と「プロテスト的な色彩」とをストレートに受け継ではいるが、これを黒人文化には直接的に影響を受けていないイギリス人が再解釈したものであるので、アメリカのロックンロール 、 ロカビリーが半ば必然的に持っていた「跳ねるリズム感覚」(俗に「黒っぽさ」とも言われる)は希薄である。リズムが跳ねた感じになるのは表拍にアクセントが置かれるからで、クラシック音楽もロックと同様「表拍にアクセントがある」のを基本としており、イギリスはそもそもクラシック音楽文化圏であるからロックも跳ねないリズムが基本になったのであると考えられる。

「ハードロック」の起源とされるのは、1963年にデビューしたヤードバーズや1966年にデビューしたクリーム、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスが挙げられる。彼らはブルーズとロックを融合し新しいスタイルを呈示してみせた。

共通するのは歪んだギター、ベースのサウンド(ディストーション・サウンド)と「直情的な音表現」である(サウンドに関しては後述「偶然が生んだサウンド」を参照)。後者をより具体的に表現するならチョーキング、アーミングの使用である。誤解を避けるために更に補記すると、チョーキング、アーミングを使い出したのは何もハードロックが最初ではない。ただ、例えばチャック・ベリーなどが用いたチョーキング、ベンチャーズが多用したアーミング、何れも「ユーモラスな」または「コミカルな」音ニュアンスを表現するもので、「肉感的」または「叫び声のよう」と評される事の多いロック系のそれとは明らかに趣を異にする。

1968年にはジェフ・ベック・グループ(第一期)、レッド・ツェッペリンがデビューし世界に衝撃を与える。1970年には後にヘヴィメタルの教祖的存在となるブラック・サバスがデビュー。ディープ・パープルがハードロックに転向。1973年には世界初の本格的女性ロッカースージー・クアトロがデビュー。ハードロックが世界を席巻するようになる。

日本でもハードロックはブリティッシュ・ロック勢の人気が圧倒的であった。これは上記アーティストは全てイギリスからデビュー(ジミ・ヘンドリックスやスージー・クアトロはアメリカ国籍であるが、渡英して大成功した)している上、その後も暫く(1980年代に入るまで)はハードロックに於いてはイギリス勢の方が圧倒的に強く印象付けられたからである。1970年代に於いてもグランド・ファンク・レイルロード、エアロスミス、キッス等、ハードロックに分類される多くのバンドがアメリカからも出ているが、総じてこれらの音楽は単調で深みが足らず、人気があっても一流とは見なされない傾向が存在した。後に続いたボストンやジャーニー、TOTO等はポップで売れることを意識しすぎていたので、ロッキング・オンの渋谷陽一はこれらを「亜流ロック」「産業ロック」などとネガティヴな表現で紹介する事が多かった(アメリカ出身のバンドの多くは当然ながら、イギリス経由の影響だけでなく、本国内で脈々と生き残っていたロックンロール、ロカビリー、またカントリー等からの直接影響も同時に受けているので、イギリスのロックとアメリカのロックを同じテーブルの上で語ろうとする事自体がそもそも誤りであるという指摘もある)。

1980年代初頭になると、日本ではポップ性とハード性を兼ね備えたボン・ジョヴィのシングル曲「ランナウェイ」が大ヒットし、これを皮切りに、アメリカン・ハードロックが注目されるようになった。ラットやモトリー・クルーやシンデレラやポイズンなど、LA出身のハードロックバンドが続々とメジャーとなり、これらを総じてLAメタルと呼んだ。一方でデフ・レパードやホワイトスネイクなど、イギリス系のアーティストも上記のバンド以上にアメリカでヒットするなどし、ハードロックそのものが全盛を極めていた。

1980年代中頃になると、さらにアメリカから、アンスラックスやメタリカのようなこれまでとは違うスピード感と重圧感を売りにしたスラッシュメタルがブレイクした。

1980年代後半?1990年初頭では、アコースティック・サウンドを取り入れたハードロックバンドであるガンズ・アンド・ローゼスが一世を風靡した。この頃、テスラ、ドッケンなど次々にアコースティックの楽曲を取り入れたバンドが続出した。

その頃、ドイツ勢からは、ハロウィンやガンマー・レイといったスピードメタル/パワー・メタル、イギリス勢からはNWOBHM(ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)、ヨーロッパからは北欧メタルが出現し、現在では、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルには、次のような様々なジャンル分けがされることもある。

NWOBHM
アリーナ・ロック
インダストリアル・メタル
オージー・ロック
ギターアルバム
グラインドコア
グラム・ロック
グリッター・ロック
ゴシック・メタル
サザン・ロック
ストーナーロック
スピード・メタル
スラッジ
スラッシュ・メタル
デスメタル/ブラックメタル
デトロイト・ロック
ドゥーム
ネオ・クラシカル/様式美
ハードロック
パワー・メタル
パンク・メタル
ブギー・ロック
ブラック・メタル
プログレ・メタル
ヘアー・メタル
ヘヴィ・メタル
ポップ・メタル
ミクスチャー/ニューメタル
メタル(UK)
ラップ・メタル
ラップ・ロック
北欧メタル

偶然が生んだサウンド [編集]
1960年代当時トランジスタはやっと実用化レベルに達したばかりで、今日のような歪み率の低い電気特性の優秀なアンプ(アンプリファイア)は存在しなかった。トランジスタ以前の電気増幅素子は真空管であった。トランジスタに比較して、真空管は与えられた入力の音響特性を変えずに増幅出来る帯域が非常に狹い。今日で言う「高忠実度再生能力」(Hi-Fi)が低いという事である。具体的には「小音量だとノイズに埋もれてしまい」「大音量だと音色が歪む」特性を持っていた。

折も折、先んじて1950年代後半からアメリカで起こっていた公民権運動、これと相前後するかたちで世界各国で学生運動が勃発、少し時代が下ってベトナム反戦運動がこの流れに合流するかたちで「反権力」を旗印とした市民運動が全世界的に盛り上がった時代である。先述した通りブルースの流れを踏襲しているロック音楽全般がプロテスト的色彩を帯びていたのは理の当然である。無論プロテスト的ではないロックも存在しなくはなかったが、この時代のムードにマッチする形で主流なものは総じてプロテスト的であった。その親和性故に市民運動の集会とロック(またはフォークソング)コンサートが合同で行なわれる形式(今で言うコラボレーション)が自然発生的に出来上がり、また、どちらも(若者を中心に)人が集まることに利害を感じる「市民運動組織団体」「レコード会社、コンサート興行主等の音楽産業界」双方の思惑が一致した事から、このコラボレーションは次第に大規模化、組織化されていく(これの最大規模のものが「ウッドストック・フェスティバル」である)。

多くの聴衆に音を聴かせる必要性が増してきた事から、PAシステムと共に楽器用アンプも大出力のものが求められるようになっていった。この要求に応えるべくヴォックス、フェンダー、マーシャル、オレンジなど各社が大出力のアンプをこぞって製造し出したが、先述の通りそもそも大音量再生には無理がある真空管で半ば強引に高出力のものを作っていたので、少し音量を上げると非常によく歪んだ(とは言っても今日の、最初から歪ませる事を狙って設計されているハイゲイン・アンプでのディストーション・サウンドと比較すれば「軽く歪んだ」程度であり、「ナチュラル・ディストーション」と今日呼ばれる事から想像が付くように、現代の感覚では寧ろナチュラルに近い音である)。但し、この当時は「ディストーション」という呼称は使われておらず、その動作原理から「オーバードライブ」と呼ばれた。

ディストーション・サウンドというと今やその代名詞にすらなっているのがマーシャル・アンプであるが、これに最初に飛び付いたのはエリック・クラプトンでもジミ・ヘンドリックスでもなく、ザ・フーのピート・タウンゼントである(マーシャル社が設立されたのは1962年[1]で、この当時クラプトンはヴォックス社のAC-30を使っていた)。にも関わらず(幸か不幸か)タウンゼントがハードロックのサウンドの立役者とされないのは、ザ・フーの音楽性がポップ色、ロックンロール色を色濃く残していたからである。

その後「ハードロック=ディストーション・サウンド(オーバードライブ・サウンド)」という定式が確定した。この後は、各アンプ・メーカーも、それまでのように歪みにくいアンプではなく、歪みやすいアンプを意図的に作るようになった。また、トランジスターが安価で供給され、これと入れ替わるように供給不足から高値になっていった真空管であるが、真空管の歪み方はウォームでマイルドであるのに対して、トランジスターでの歪みは耳障りなで不愉快な音になりやすい事から、現在に至るまでギター・アンプに関しては真空管が健在である。

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2009年03月24日

名鉄モ880形電車

名鉄モ880形電車(めいてつモ880がたでんしゃ)は、2005年(平成17年)まで名古屋鉄道(名鉄)で使用されていた路面電車タイプ車両の一形式。

美濃町線・田神線で1980年(昭和55年)から使用していたが、2005年(平成17年)春の美濃町線・田神線廃止により余剰となった。その後、福井鉄道(福鉄)が福武線活性化の一環として低床車を導入することになり、本形式を譲り受け2006年(平成18年)から使用開始した。本稿では福井鉄道譲渡後の運用も記述する。

2車体を中間台車によって接続する連接車で、日本車輌製造により880-881?888-889の全5編成10両が1980年(昭和55年)に製造されて順次投入された。その結果、新関駅方面と、美濃町線・田神線・各務原線を経由して新岐阜駅(現在の名鉄岐阜駅)とを結ぶ列車は、15分間隔での運行が行われるようになった。台車は空気バネ式で、従来車両と比べて乗り心地の改善も図られた。また、室内も連結部分が鍵穴の形となっており、座席は他の電車にはあまり見られない、プラスチック成型のものに一人分ずつの背ずりと座布団を敷いたものであった。登場当初は、長時間停車時に車内にBGMを流す機能もあった。

架線電圧が600V直流電化の美濃町線・田神線から1500V直流電化の各務原線へ乗り入れるため、複電圧対応車両となっていた。

当初は非冷房車として登場したが、1991年(平成3年)から1993年(平成5年)に順次、三菱電機製の装置を搭載して冷房化改造がなされた。しかし冷房は600V区間のみ対応で各務原線内では作用しなかった。始発駅となる新岐阜駅が、架線電圧が1500V区間にあったので、同駅での発車待ち時間中は、夏には冷房が効かず、「サウナ電車」という有難くないあだ名をつけられたこともあった。

そのような問題はあったが、美濃町線では新岐阜?新関間列車が中心となったこともあって、モ600形とともに田神線、美濃町線の主力的な存在であった。また、この車両の先頭デザインは、当初「名鉄ばなれしている」とも評されたが、この後のモ770形やモ780形も先頭には類似のデザインが採用され、結果的には名鉄路面電車の新世代車両の出発点ともなった。2000年(平成12年)にはワンマン運転対応改造もなされた。

車両譲渡 [編集]
2005年に美濃町線・田神線が廃止されたことで運用を離脱し、福井鉄道へ譲渡された。ただし歯車比の変更など高速化改造が必要なため、同じく福井鉄道に譲渡されたモ800形・モ770形より搬出は遅れ、2006年3月末になってようやく全車両が福井鉄道に搬出された。

福井鉄道(2006年?)
福井鉄道では、2006年(平成18年)4月21日より運行を開始した。ただし、当初は歯数比など下回りにかなりの改造が加えられた影響か、車両不具合のため運用休止が多発。5月中旬より順次復帰している。

車両の変更点
福井鉄道へ譲渡された880形の塗装は、白を基調としており、前面部窓の下と飾り部分の間、および側面部の窓部分に青帯、車両下部に黄緑と緑の帯が塗装されている。それぞれの色が、福井の雪、海、野、山を表現している。また、側面部の運転席側ドア付近に福井鉄道のロゴマークが付されている。このデザインは、同じく福井鉄道に譲渡された800形・770形も同じである。
走行機器は歯車比の変更、弱め界磁の取り付け、単電圧化等が行われた。
また集電装置もシングルアームパンタグラフに交換されている。

タイム ハンド トリニタ テンシル ファクトリー ふたつ星 はなの舞 ブロイラー スペクタ だっと ラマズダ キーバス 後ろゆび ドラッ エンド もくと トップラ ヒップ トルテ ドーパミン ボケ インタ ファミ テレポ ぱらぴーの タリカ ピューレ カピタン セブサー 春一輪 レイガイド ポット レグルス ロビイ 秘密の花園 コバノ リンワキ ソフトサーチ ムチャコジ オルガン ゲッツ スプーン ランタ しゅいろ うしべに パンパ ブザー ロカール ランダム サブアリ

2009年03月09日

英国放映版準拠

英国放映版準拠。日本で放映順に変化のあった場合は()内にて。海外ではシリーズ名が変化していたが日本では一貫して「シャーロック・ホームズの冒険」である。
百番 セアニア シベリ チョップ キャッチ キラー マンダラ 宙船日本 マスカット ドリネ チェンバロ グラス ベッド スワット てる坊主 つりばな ナット ソース ギャザー チャチャ フォー ソフト 楽隊 パラチフス トゥル キング チープ ルリマツリ ブルゴー デポプロ トロピカル キト日本 コンアレー 台風対策 アイライナ ヒズボラ ルーフ タイム マシュマロ レギュラ ウラン ヨーヨー ファ ナステ ダンス たるみず グロッサム スイム はまます よどえ

第1シリーズ/The Adventure of Sherlock Holmes
第1話 ボヘミアの醜聞/A Scandal In Bohemia
記念すべき第一作。初短編集第一話の映像化。王族にも態度を変えないホームズの頑なさ、変装の妙技、そして全編を通じてホームズを驚嘆させた唯一の「あの女性」エレーナ・アドラー(原作訳本ではアイリーン・アドラー)の登場とバラエティに富んでいる。
第2話 踊る人形/The Dancing Men
暗号解読の名シーンはNHK版では放映時間の都合でカットされてしまった。
第3話 海軍条約事件/The Naval Treaty
第4話 美しき自転車乗り/The Solitary Cyclist
パブでボクシングを披露するホームズの若々しさが見物である。
第5話 まがった男/The Crooked Man
第6話 まだらの紐/The Speckled Band
原作において無理のあるシーンもスタッフの創意工夫によって忠実に映像化された。なおNHK再放送分より、一部語句が不適切な表現として変更されている。
第7話 青い紅玉/The Blue Carbuncle
軽妙なエピソードを愉快に映像化。クリスマスのムードに沿った救いのある演出が胸を打つ。
第2シリーズ/The Adventures of Sherlock Holmes
第8話 ぶなの木屋敷の怪/The Copper Beaches
第9話 ギリシャ語通訳/The Greek Interpreter
マイクロフト初登場。
第10話 ノーウッドの建築業者/The Norwood Builder
レストレード警部初登場。原作中の焼死体をめぐる無理のある設定が若干変更されている。
第11話 入院患者/The Resident Patient
第12話 赤髪同盟/The Red-Headed League
奇抜な着想の名エピソード。本作では次回の伏線としてモリアーティ教授が登場、追加オリジナルとは思えぬ巨悪ぶりを示す。
第13話 最後の事件/The Final Problem
ライヘンバッハの滝での格闘シーン、及び墜落のシークエンスは白眉である。
第3シリーズ/The Return of Sherlock Holmes
第14話 空き家の怪事件/The Empty House
ホームズの帰還を描く。二代目ワトスンのお披露目でもあり、茶目っ気たっぷりのホームズ、失神するワトスン、快活なハドスン夫人、相変わらずのレストレードとキャラクター総出演が楽しい。
第15(18)話 修道院屋敷/The Abbey Grange
第16(17)話 マスグレーブ家の儀式書/The Musgrave Ritual
原作では昔話として語られるのみだが、本作ではワトスンを伴っての訪問中の突発事に変更されている。
第17(16)話 第二のしみ/The Second Stain
第18(19)話 もうひとつの顔/The Man with the Twisted Lip
邦訳題は「唇のねじれた男」が一般的であるがNHK基準に引っかかったか変更。内容に直結してしまっているのが難点である。
第19(15)話 プライオリ・スクール/The Priory School
第20話 六つのナポレオン/The Six Napoleons
レストレード警部が合流する機会の多いエピソード。日本では堺正章が有名にしたテーブルクロス引きをホームズがさりげなく行うシーンがある。
第4シリーズ/The Return of Sherlock Holmes
第21(23)話 悪魔の足/The Devil's Foot
幻想のシーンが印象的。この時期ジェレミーは降板を考えており、短髪なのはそのためである。
第22(22)話 銀星号事件/Silver Blaze
第23(24)話 ウィステリア荘/Wisteria Lodge
原作は中篇。怪奇趣味を演出するあるシチュエーションは時代にそぐわないため削除されている。
第24(25)話 ブルース・パーティントン設計書/The Bruce-Partington Plans
第25(21)話 四人の署名/The Sign of Four(2時間スペシャル:日本では前後編)
第26話 バスカビル家の犬/The Hound of the Baskervilles(2時間スペシャル:日本では前後編)
第5シリーズ/The Casebook of Sherlock Holmes
第27話 レディ・フランシスの失踪/The Disappearance of Lady Frances Carfax
第28(29)話 ソア橋のなぞ/The Problem of Thor Bridge
馬車が主流だった時代に、シリーズ初の自動車(1901年型メルセデス)が登場する。
第29(28)話 ボスコム渓谷の惨劇/The Boscombe Valley Mystery
第30(31)話 高名の依頼人/The Illustrious Client
第31(30)話 ショスコム荘/Shoscombe Old Place
当時19歳のジュード・ロウが出演している。
第32話 這う人/The Creeping Man
原作での無茶な設定を怪奇趣味を施すことで見事に映像化している。
2時間スペシャルシリーズ
第33(34)話 犯人は二人/The Master Blackmailer
人物描写において話を膨らませており、重厚なドラマとホームズらの活躍が楽しめる。
第34(33)話 サセックスの吸血鬼/The Last Vampyre
同名原作を元にしてはいるが脚色が多く、話としては別物として楽しむべき一作。
第35話 未婚の貴族/The Eligible Bachelor
原作「独身の貴族」「花嫁失踪事件」を元にした一作。これもまた別物であるがサスペンスシーン、夢の暗示など見所が多い。
第6シリーズ/The Memoirs of Sherlock Holmes
第36話 三破風館/The Three Gables
原作においてホームズが黒人をののしるシーンがあるが(初期の原作では見られなかった差別意識である)、台詞態度とも真摯なものに変更。オリジナルキャラのラングデール・パイク等、虚飾の人生のはかなさを見事に表現しており、見事な脚色といえよう。
第37話 瀕死の探偵/The Dying Detective
本作からジェレミーの体調は一見してわかるほどの悪化を見せるが、皮肉にもそれがかえって原作の雰囲気を再現していた。
第38(40)話 金縁の鼻眼鏡/The Golden Pince-Nez
ワトスン役のハードウィックのスケジュールの都合でマイクロフトが三度登場。原作の設定を無理の無いものに変更しつつ、それに繋がる粋な一言を最後に付け加えるなどスタッフの意識の高さが伺える。
第39(38)話 赤い輪/The Red Circle
第40(41)話 マザランの宝石/The Mazarin Stone(with The Three Garridebs)
戯曲を書き直した原作に、「三人ガリデブ」を組み合わせて映像化されたもの。ジェレミーが発作を起こし撮影直前に入院したため、登場シーンはマイクロフトに変更された。よって冒頭、終盤のジェレミーの出演は別撮りである。
第41(39)話 ボール箱/The Cardboard Box
復帰したジェレミー演じる最後のホームズである。暗い話、最後の台詞が今となっては視聴者へのホームズからの最後の挨拶とも取れ、感慨深い作品である。

2009年02月20日

物語の舞台となる未来の宇宙

世界観
物語の舞台となる未来の宇宙、人類は恒星間航行の実現により太陽系外に進出し、銀河系の3分の1にまでその居住圏を広げている。地球はすでにその繁栄と人類社会の中心としての地位を失い、今では帝国領の辺境で半ば忘れ去られた存在である。銀河帝国と自由惑星同盟の間には、航行不能な広大な宙域が広がっており、その中で通行可能なのはイゼルローン回廊とフェザーン回廊と呼ばれる狭い宙域のみ。フェザーン回廊にはフェザーン自治領が存在するため、イゼルローン回廊とその周辺部における帝国軍と同盟軍の戦争が150年の長きにわたり慢性的に続いている。
人口は、かつての銀河連邦の最盛期に3,000億人を数えるほどだったが、銀河帝国の圧政とその後の消耗戦的な戦争の中で、帝国250億人・同盟130億人にまで減少している。両国の社会が疲弊する一方で、フェザーンは一惑星でありながら20億人を誇り、帝国・同盟との交易により経済も潤っている。医療技術は飛躍的に進歩し、癌などはすでに不治の病ではなくなった。しかし、人工器官やタンクベッド睡眠などの技術は戦争継続のために利用されており、医療技術の発展が兵器開発と並んで戦死者数をさらに拡大させる、という皮肉な状況となっている。
人々の生活環境は居住する星系により様々で、フェザーンやハイネセンなど多数の住民を抱える惑星では、超高層建築技術なども発達し非常に未来的な生活環境が享受されている。一方、辺境部などでは人口も少なく、帝国では領主である貴族の下で中世的な生活を強いられている人々も多い。都市部では立体TVなどが発達し、フライングボールというスポーツが帝国・同盟問わず人気の娯楽となっている。
作品世界では、宗教の概念が著しく衰退しているとされる。かつて地球上を覆った破滅的な戦争において、救世主たる神がついに現れなかったからでもあるが、その結果道徳的な規範が脆く社会の退廃が進みやすい側面を持つ。一方で、帝国人にとってのヴァルハラの思想など、一定の宗教的概念は存在する。また近年、人類の発祥地である地球を信仰の対象とした地球教が、社会に急速な浸透を見せているとされる。その本質と実態が、物語の展開にも大きく関わってくる事になる。
粉雪 きくらげ せつごう ラックタイ ドンパ クーラント リコピ サイクル チャドル ドライブス ダウWEB ブイゾーン プレ ドライ ネック ヒーリング ビーチ プードル ルレット スクレ ジーディ ペチュニア イーゼル アブラカ センター ゆり根 アカシジミ クール プロシー キッコ スリー ラケナリ さびいろ しのだけ ハイ ブレー セリーグ タブロー オクラ ナビスト てくぼ ファンネル バイド 光の街 ジャロ ユーロ イギリス ストーリ 気合だ メンズリブ

作中では、西暦の延長にあたる「宇宙暦・帝国暦・新帝国暦」という暦が使用されている。宇宙暦は銀河連邦が成立した時、帝国暦は銀河帝国が成立した時、新帝国暦はローエングラム王朝が成立した時、をそれぞれの元年としている。また、宇宙暦は帝国暦制定時に廃止されたが、自由惑星同盟成立時に復活している。
簡易な換算式を示すと、西暦3599年=宇宙暦799年=帝国暦490年=新帝国暦1年、となる。
作品構成上の矛盾点
作品中に登場する人物や艦船類は、作者も把握しきれないほどの膨大な数に及び、それらが複雑に絡み合う展開が特徴である。しかしそのため、作品中には誤記も含め、多くの矛盾点が読者を中心に指摘されてもいる。中には作者も認める矛盾点、設定上の都合もあり、その後の各文庫版やアニメなどのメディア展開の中で修正されている箇所もある。

物語のその後の世界
本作は、ラインハルトの死をもって完結している。田中は後日談も含めた続編を書かない事を宣言している。実際、外伝は全て本編以前のエピソードとなっている。

本編や設定資料中からわずかに読み取れるその後展開について、明らかな(あるいは確実と思われる)事柄を参考までに挙げると以下のようになる。

皇帝ラインハルトの国葬では、帝都フェザーンの仮皇宮上空にブリュンヒルトが追悼を表し降下。ラインハルトの死後、その銅像は自由な建立が許されなかった(ラインハルトが生前に指示)。
アレクサンデル・ジークフリードがローエングラム王朝第2代皇帝に生後まもなくして即位し、ヒルダが摂政皇太后となった。ラインハルトの遺言により、ヒルダの名において6人の上級大将が元帥に昇進し、ウォルフガング・ミッターマイヤーは首席元帥となった。
イゼルローン要塞が帝国に返還され、代わりに惑星ハイネセンを含むバーラト星系に民主共和政体の存続が認められた(バーラト共和政府)。
ヤン・ウェンリーの遺体がハイネセンに帰還、埋葬された模様。
ユリアン・ミンツとカーテローゼ・フォン・クロイツェル(カリン)はハイネセンに移り、夫婦またはそれに準ずる関係になった。また、ユリアンはしばらくの間バーラト共和政府の指導者の一人として責務をこなした。
ユリアン・ミンツやエルネスト・メックリンガーらが、この激動の時代に生きた者として多くの証言・回顧録を、後世の歴史家に提供する事になった。ダスティ・アッテンボローは、回想録『革命戦争の回想』を残したようである。またユリアンは「ヤンの業績を盗んだだけだ」という批判が上がるが、それに対しアッテンボローがユリアンを擁護する発言を残している。
ラインハルトの生前には完成しなかったローエングラム王朝の新皇宮「獅子の泉(ルーヴェンブルン)」が完成し、ミッターマイヤーら建国の功臣で創成期を支えた7人の元帥が、後世「獅子の泉(ルーヴェンブルン)の7元帥」と呼ばれた。
本編終了の2年後、ウルリッヒ・ケスラーがマリーカ・フォン・フォイエルバッハと結婚。後年『ケスラー元帥評伝』という書物が出版された。
レオポルド・シューマッハが、シュトライトの推薦で一時帝国軍准将となるが、その後宇宙海賊との戦闘中に行方不明になった。
レオポルド・シューマッハの証言によると、エルウィン・ヨーゼフ2世の死亡説はランズベルグ伯アルフレッドの創作と偽装による誤報で、ヨーゼフ2世はアルフレッドの元から逃走して行方不明になっており、その没年は不明となっている。
カール・エドワルド・バイエルラインは、後世「ミッターマイヤーの後継者。有能で誠実で清廉な軍人」と評価される人物になった。
旧帝国辺境で長く放置されていたイオン・ファゼカス号が、小惑星帯博物館に保存される事になった。
ヒューベリオンが撃沈されたシヴァ星域でティーポットが回収され、ユリアンは否定するもヤン・ウェンリーの遺品として戦史博物館に展示された。
ベルンハルト・フォン・シュナイダーがウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツの遺族の元へ行きその死を伝える。
ドミニク・サン・ピエールは新帝国暦3年6月に帝国憲兵隊に逮捕されている。そしてその2ヶ月後、つまり新帝国暦3年8月に起訴猶予で釈放され、その後消息を絶った。

戦争小説としての側面とその設定
上記概要にもあるように、この作品は未来の宇宙を舞台にした架空の歴史小説という体裁をとっている。様々な登場人物が織り成す、政治や思想を絡めた人間ドラマが主体であるが、一方で異なる勢力による宇宙(銀河系の一部)を舞台にした戦争小説としての側面も持つ。作品中では、銀河帝国と自由惑星同盟(あるいは共和主義勢力)の2大勢力による戦いの数々が描かれており、主人公的存在であるラインハルトとヤンも軍人である。

作品中における戦争描写は基本的に、宇宙空間での数千?数万隻の艦艇同士による、ビームやミサイル兵器等を使用した艦隊決戦が中心である。一度の会戦には概ね数百万人単位の将兵が参加し、司令官である提督は後方からではなく前線の旗艦級戦艦から用兵を指揮する。個人・個艦を主体とする現代的な散兵戦法ではなく、近代以前の陣形を重視した集団戦法が用いられており、いかなる大軍も陣形を崩す、もしくは統率を失わせることで烏合の衆と化し、消滅したも同然になる。また局地的には小型戦闘艇(帝国軍側はワルキューレ、同盟側はスパルタニアン)による近接戦闘や、地上・屋内での人間同士による白兵戦も行なわれる。これはミラーコーティングを施された装甲服には光学兵器の効果が薄く、実体弾系の武器や打撃が有効なためでもある。またゼッフル粒子というアイテムによって火器を用いた戦闘ができない状況を作り、打撃系武器での戦闘がしばしば行われる(本作設定における装甲服は、重火器ミサイル等の武装は行わず、打撃系武器の威力を高めるためのパワーアシストを行っている様子)。かつて人類を滅亡の淵に追い込んだ地球時代の戦争の教訓から、惑星上での熱核兵器の使用はタブーとされている。小説版では総じて宇宙空間という設定にも関わらずに、戦場は平面世界で捉えられており、3次元的な会戦となると本編にはほとんど登場せず、外伝などで追加されているのにとどまる。アニメ版では艦隊布陣や艦隊決戦等で、立体的な布陣・戦闘描写で描かれている(紡錘陣形は文字通り、旗艦を中心とした紡錘状の布陣を行っている)。また、小説版でもイゼルローン回廊を舞台とした戦いでは立体的な戦術・陣形が用いられることが多い。

ワープや核融合等のテクノロジーが設定上の前提となっているが、例えば「ガンダムシリーズ」のモビルスーツのような高機能なロボット兵器や、人工知能を備えたアンドロイド等は登場しない(等身大を越えるパワードスーツが実用化されたものの、その後廃れた事が、作中に記述されている)。また、異星人や超能力、神秘主義的な作用を伴う力も一切介在しない。あくまで宇宙に進出した人間同士の古風で伝統的な戦闘様式による戦いを描いている。

戦役

艦隊
作品で『一個艦隊』と呼ばれる存在は、通常は約1万5000隻程度の宇宙艦艇で編成されている[2]。これが戦力の基本となり、原則として中将以上の階級の者が艦隊司令官の任に就く[3]。
一個艦隊は司令官の直属部隊と幾つかの分艦隊で構成されている。分艦隊は原則として約2000?2500隻程度の規模を有し、准将以上が指揮を執る[4]。また分艦隊が数百隻程度の戦闘グループに分けられて、准将が指揮を執る場合もある[5]。
艦船

要塞
艦隊決戦が描かれるこの作品では、その軍事拠点となる宇宙要塞が登場する。特にイゼルローン要塞は、地理的に重要拠点であり、ヤン一党の根拠地ともなる事から、作品における主要な舞台の一つである。詳しくは銀河英雄伝説の舞台#要塞を参照。
星系、星域
この作品では、各恒星系、宙域を表す言葉として星系、星域という言葉で表現される。一部例外として回廊という呼び名を使っているものもある。主な星系、星域は、ティアマト星域、アスターテ星域、アムリッツァ星域など

2009年02月04日

蜂須賀氏(はちすかし)は、日本の氏族の一つ

蜂須賀氏(はちすかし)は、日本の氏族の一つ。羽柴秀吉に仕えた蜂須賀正勝(小六・小六郎)の一族が著名。もともとは「須賀氏」と呼ばれたという。
カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース

新井白石が作成した『藩翰譜』(または『寛政重修諸家譜』・『古代氏族系譜集成所収系図』)の中から作成された系譜の『蜂須賀氏系図』によると、下野源氏(足利氏)の足利泰氏、もしくは斯波氏の裔を自称する。しかし、多くの史家がこれを疑問を抱いており、蜂須賀氏の出自に関しての確証は未だにない(武蔵七党の横山氏と同じ家紋の五割万字(いつつわりまんじ)を使用している事から、横山氏の系統ともいう)。

または楠木氏の一族とされ、南北朝時代に蜂須賀氏の遠祖とされる蜂須賀正家(能祐)なる人物が南朝方の武将として活躍し、その子孫の正昭(正秋)が、尾張国蜂須賀郷を領し、蜂須賀氏を称するようになったという。しかし、実際は真偽の程は不詳という。

蜂須賀氏の系図で信憑性があるのは、『寛政重修諸家譜』・『系図纂要』に記されている正勝の祖父・蜂須賀正永(正則、一説に蜂須賀正昭の子とも)を始祖とするあたりという。正利・正勝・家政と三代続いて、小六(小六郎)を通称としている。

別系統に肥後国の蜂須賀氏もある。これは新田氏流里見氏から分岐した鳥山氏の一族である。

蜂須賀家政銅像/徳島市
経歴
美濃国に隣接する尾張国海東郡蜂須賀郷(愛知県海部郡美和町蜂須賀村)を領した国人で川並衆の一つであった。正勝の祖父・正永の代までは尾張守護の斯波氏に仕えていたが、斯波氏が衰えたため、父の正利の代には美濃国の斎藤氏に従った。

上述の正勝の代になって蜂須賀氏は織田氏の配下に属して、歴史の表舞台に登場する。正勝は秀吉の参謀として活躍し、子の蜂須賀家政の代には阿波一国を治める大名に成長した。

秀吉の死後、関ヶ原の戦いにおいて、家政の子の蜂須賀至鎮が東軍に与し、領土を安堵され、子孫は徳島藩の外様大名として代々存続し明治維新を迎えている。 但し、8代目蜂須賀宗鎮以降は他家からの養子のため元々の蜂須賀氏との血縁関係はない。 また、13代藩主の蜂須賀斉裕の実父が徳川家斉であり、最終的には徳川将軍の血筋となった。 後に侯爵に任ぜられ、紀州徳川家と並ぶ屈指の富豪華族として知られた。

大正?昭和に18代当主となった蜂須賀正氏は世界的な鳥類学者として知られるが、一方でたびたび犯罪に絡んだために「華族の品位を落とす」とされ、昭和20年7月に侯爵位を返上。戦後は正氏の遺族の間で財産争いが起こり、そこに暴力団もからんだために過半の財産を消失し、蜂須賀氏は没落した。

現在の当主は正氏の娘の正子。

江戸期に分家し「蜂須賀山城家」「蜂須賀隼人家」「蜂須賀駿河家」「蜂須賀靭負家」など藩の要職についた系統もある。

系譜
凡例 太線は実子。二重線は養子。
 蜂須賀正家(能祐)
    ?
   正昭(正秋)
    ?
   正永(正則)     
    ┣━━━┓
   正利  正元(重家と同人物説あり)
    ┣━━━┓
   正勝  重家(政重)
    ┃
   家政
    ┃
   至鎮
    ┃
   忠英
    ┣━━━┳━━━┳━━━┓
   光隆  隆重  隆矩  隆喜
    ┃ ?   ┃   ┣━━━┓
   綱通  隆長  綱矩  隆長  宗英
    ?
   綱矩
    ┣━━━┓
   吉武  宗員
 松平頼煕(高松藩)
    ┣━━━┓
   至央  宗鎮(宗英の養子)
    ?
   重喜(佐竹氏)
    ┃
   治昭
    ┃
   斉昌
    ?
   斉裕(徳川家斉の実子)
    ┃
   茂韶
    ┃
   正韶
    ┃
   正氏
    ┃
   正子

蜂須賀 正氏(はちすか まさうじ、1903年2月15日 - 1953年5月4日)は日本の侯爵、貴族院議員、探検家、鳥類学者、飛行家。絶滅鳥ドードーの研究で知られた他、沖縄本島と宮古島との間に引かれた生物地理学上の線である蜂須賀線に名をとどめている。

経歴
徳島藩主蜂須賀家の第16代当主として東京に生まれる。お印は椿、後に兜。父蜂須賀正韶は侯爵、貴族院副議長。母筆子は徳川慶喜の4女。姉年子はデザイナー。父からは、政治家になることを望まれていた。

学習院初等科に入った頃から生物に著しい関心を示し、先輩の黒田長禮に出会ってから鳥類学に志す。1919年、学習院中等科在学中、日本鳥学会に参加。

1920年9月に渡英。1921年、父の母校ケンブリッジ大学モードリアン・カレッジに入学。政治学を修めるという口実だったが、もっぱら鳥類の研究に没頭し、大英博物館や剥製店や古書店に通い詰める。さらに、銀行家で『絶滅鳥大図説』の著者であるウォルター・ロスチャイルド男爵と親交を結ぶ。さらに、豊富な資金力に物を言わせて探検隊を結成し、アイスランドやモロッコ、アルジェリア、エジプト、コンゴ、南米、東南アジアなどを踏破。1928年、英国から一時帰国中に、有尾人を求めてフィリピンでジャングル探検を決行。

1928年、渡瀬庄三郎と共に日本生物地理学会を設立。1930年、再び渡欧。1930年暮から1931年5月にかけて、ベルギー政府探検隊のアフリカ探検に参加、日本人として初めて野生ゴリラと対面した。

1933年2月3日、父の死去に伴って一時帰国。1933年2月15日に襲爵し、貴族院議員となる(?1943年12月9日)。この年、交際していた女性が自殺未遂を起こした事件で非難を浴びる。

自ら資格を取得して飛行機を操縦し、1934年には空路で単身ポーランドに渡るなど、破天荒な行動力で人気を集めたが、派手な女性関係で顰蹙を買う。同年、財産を秘密裏に米国に移そうとして物議をかもしたこともあった。

1935年に再び外遊の旅へ出発し、そのまま病気と称して米国に住みつくも、スピード違反で拘留を受ける。その後、帰国して静岡県熱海市の別荘に居を構えたが、1943年11月30日、品行不良ゆえに宮内省から華族礼遇停止処分を受けた。

戦争末期には自家用機で日本脱出を計画して問題となったり、子爵高辻正長と共謀して白金の密輸に関与した廉で検察の取調べを受けたりするなど醜聞にまみれ、「醜類有爵者」と嘲笑された。密輸の件では1945年5月10日に国家総動員法違反容疑で起訴。1945年7月28日、敗戦直前に爵位を返上して平民となる。戦後は、在米中に結婚した智恵子夫人との壮絶な離婚訴訟や、遺産相続の揉め事、財宝の行方不明事件、横井英樹への貸し金をめぐる訴訟などで週刊誌に数多くのゴシップを提供した。

1953年、日本生物地理学会の会長に就任。畢生の論文「ドードーとその一族、またはマスカリン群島の絶滅鳥について」(1953年)を北海道大学に提出、理学博士号を取得。まもなく狭心症により熱海で死去。享年50。墓所は蜂須賀家歴代の墓所のある徳島市の万年山墓地。法名は理光院。

家族は昭和14年3月10日に入籍した夫人智恵子(日系アメリカ人永峰治之長女,明治42年1月20日生?平成8年5月27日没)と、長女正子(蜂須賀家17代当主,昭和16年1月7日生)である。

著書に『南の探検』『世界の涯』『日英鳥目録』『フィリピン群島の鳥』など。東京三田二丁目の5万坪の旧邸は、1950年暮に1000億円[要出典]でオーストラリア政府に売却され、現在駐日オーストラリア大使館となっている。

2009年01月21日

ラフ (ゴルフ)

ラフとは、ゴルフコースを形成する一要素である。コースの境界線の内側に存在してコースの外形をかたどっている。また、戦略的な味を増強する上でフェアウェイを分断するように配置されている。

フェアウェイが短く刈り込まれた芝で覆われているのに対し、ラフはその名の通り地面が多少荒れていたり、芝の背丈がまちまちになっていたりする。さらに、芝以外の種々の植物が混在していることもある。その結果、ラフにボールを打ち込むと長く転がり続けることなく停止する。

ラフと一口に言っても様々な形態があり、コースの中央部に近いラフならば比較的芝の背丈が整っていたり、傾斜がその前後左右のフェアウェイに沿っていることなど、好条件のものがある。逆にコースの縁に位置するラフは特に急斜面になっていたり背の高い多種の植物が密集して生えていたりしていっそう困難な状態に仕立てられているものがある。
スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

違反行為
時に植物の深い群れの下にボールが埋まってしまった場合、そのボールを拾い上げて植物の上に乗せなおして打ちたいと考える人もいるが、これは反則行為である。たとえこのような状況であっても、ボールを打って脱出するには、現状のまま行わねばならない。斜面の下など、他のプレイヤーなどから見えないからといってこのような行為をこっそり行うのはルール以前の問題としてゴルフの精神に反するものである。

戦略
ラフからボールを打ち出すのは、フェアウェイからの場合に比べ難しく、飛距離や方向性が損なわれる。したがって一般的なプレイではボールをラフに入れないように工夫するのが普通である。

しかし、ラフはバンカーやウォーターハザードのように「何としてでも避ける」ものではない。複雑な形状のコースならば、ラフからラフへと打ち続けて近道をするという戦略をとることもある。この戦略を成功させるには、ラフから良い玉を打ち出すための方法を確立し、ラフによるデメリットを解消できるようにする必要がある。もちろんのことながらプレイするコースのラフがどのような形態であるかを知らなければならない。

あまりにも困難なラフに陥った場合、アンプレヤブル(アンプレイアブルとも、略してアンプレとも言う)を自身の判断で宣言し、1打のペナルティを負った上で適切な方法にて処理するというのも一つの脱出手段である。困難な状況に意地を張って無駄なショットを繰り返すのはスコアの面でも好ましくない上、円滑なプレイの進行を妨げる点で好ましくない。